ARENA37℃ SPECIAL No,17


★相手を想う、まっすぐな気持ちが伝わればいいな!
 
 
ARENA37℃ SPECIALに、川嶋あいちゃんの記事が掲載されています。
 内容は、カラー10ページに渡って、あいちゃんのアップの写真などが掲載されています。
 980円と、かなり高いですが、これは買いですね!


<発表会での声援や拍手が嬉しかったし、気持ちよかった>

 ●歌を始めたきっかけは?
 「きっかけは3歳のときに歌を習い始めたことでしたね。
 私は小さい頃すごい泣き虫で、人見知りの激しい子だったらしいんですよ。
 それを、お母さんが改善させようとして、近所の音楽教室で歌を習わせ始めたらしいんですけど、やっぱり最初は泣いて
 レッスンにならなかったみたいですね(笑)。
 でも、先生が昔、保母さんをやっていた人で、子供の扱いが上手だったので、徐々に打ち解けていって、
 だんだん教室に行くのが楽しくなっていった記憶はありますね。
 で、4歳のときに、その音楽教室の発表会で初ステージを踏んだんです。
 そこで、人前で歌える素晴らしさを知るようになって、それからは凄く歌が好きになりましたね」


 ●人見知りのあいちゃんが人前で歌を歌うなんて、最初は考えられなかった光景だっただろうね。緊張とか恐さは?
 「ありましたよ。でも、すごく環境に助けられた部分もあったと思うんですよ」

 ●環境って?
 「通っていたその音楽教室は、ご年配の方が多くて、私しか子供がいなかったこともあって、みんなに可愛いがってもらっていたんですよ。
 発表会でステージに立った時も”あいちゃん!”って、みんなが声援や拍手をくれていたので、当時はそれがすごく嬉しかったし、
 気持ちよくて。それもあって、人前で歌うのが好きになっていった気がするんですよね」


 ●オーディションを受けたりとかは?
 「それはなかったですね。”歌手になりたい”っていう想いはもう自然に芽生えてはいたんですけど、でも、
 自分からオーディションを受けるとか、そういう行動を起こしたことはなかったですね。
 ”歌手になりたい”って思うようになったのも、大きなきっかけがあったわけでもなくて、歌ってるうちに、
 歌うことが日常生活の一部になっていたんで、逆に”歌う”ということを、特別に感じていなかったのかもしれないですね。
 ”歌うこと=ご飯食べることと同じ”って感覚だったんですよ。
 だから、特に歌手になるための努力をしていたというわけでもなく、本当に歌い続けていたって感じでしたね。
 でも、中学に入った頃、高校に入ったら上京しようって決めたんですよ、歌手になるために」


 ●東京に何かあてでもあったの?
 「いや、最初は母親にいきなり”あなたは高校に入ったら東京に上京するのよ”って言われて(笑)。
 ”なんで?”って言ったら”歌手になるためよ”って言われて、”そうか! なるほど!”って、
 ただそれだけで自分の中で上京を決意したんです(笑)。なんの不安もなく、東京に行けばなんとかなるのかなと思って」


 ●事務所が決まってたとか、オーディションに受かったとかではなく?
 「全然なかったですね。
 でも、親戚をたどって芸能事務所をやっている方がいて、その方に”東京に来たときには、面倒を見てあげるから”と言われたので、
 まったく頼る所がなかったというわけではなかったんですけど、歌手になれるという保証もなかったし、
 具体的に何かが決まっているというわけでもなかったんですけど、高校に進学すると同時に上京したんです」


 <路上ライヴを始めてから、歌に対する意識が変わった>


 ●なるほど。では、その頃から本格的にプロとして歩き始めたということね。
  上京して本格的に歌手を目指すようになってから、”歌う”ということが意識的に今までと切り替わった部分はあった?
 「いえ、実際にプロの歌手を目指すことになって上京したわけですけど、歌に対する意識は小さい頃から全然変わりはしなかったですね。
 むしろ最近変わったかな、って思いますね」


 ●最近?
 「はい。路上ライヴを始めてから変わったように思いますね。
 今までは歌が好きで歌っていたという感じだったんですけど、路上ライヴで歌うようになってから、歌うことって、
 こんなに素晴らしい出会いを与えてくれることなんだって、改めて歌の素晴らしさに触れた気がしたんです。
 それもあって、そういう感覚が曲作りにもすごく影響してますしね」


 ●路上ライヴはいつから?
 「2年前ですね」

 ●きっかけがあったの?
 「渋谷で路上ライヴをやっているミュージシャンを見てからなんですけど、私、その時に初めて路上ライヴというものを知って、感動したんですよ。
 それで、自分もやってみようと思ったんです」


 ●ストリートは誰が見てるか分からないとこもあるし、恥ずかしいとか気負いする部分はなかったの?
 「ありましたね。もともと人見知りな性格でもあるし、まさか路上で歌うとは思ってなかったんで。本当に今まで出した勇気の中で一番でしたね。
 迷いもあったんですけど、”やるしかないんだ”って心に決めて頑張ったんです。
 1回目のライヴの時なんて、本当にすごく恐くて恐くて、足が震えていたのを今でも覚えてますもん。
 誰も立ち止まってくれなくて、大勢の人達が通り過ぎていく中で歌うわけじゃないですか、たった1人で。本当に孤独で孤独で・・・。」


 ●でも上京してからは事務所に席を置いていたわけでしよ? なのにどうしてそこまで自分を駆り立てる必要があったの?
 「いや、それが・・・、上京してから間もなく、その事務所をクビになって・・・」

 ●それはどうして?
 「実際に私には直接関係のない話ではあるんですけど、事務所の経営不信で、”やっぱり今は預れない”ってことで、クビになっちゃったんです・・・。
 上京する前だったら、もしかしたら歌手になること自体をあきらめてしまっていたかもしれないんですけど、地元のみんなが応援してくれて、
 背中を押してくれたこともあったから、”ここで帰るわけにはいかない!”って思って、それから1年くらい毎日毎日”どうやって歌手になろう”って
 いうことばかりを考えて生活するようになったんです。
 昔はいろんなことを知らなかったから、自然と”歌が好きなら歌手になれる”くらいに思っていたんだけど、ここまでシビアな現実を突きつけられると、
 余計に”なにがなんでも歌手になってやる”っていう気持ちになって」


 ●なるほど、そこでストリートライヴをやろうと決心したのね。
 「はい。追い詰められた中で、ストリートミュージシャンのライヴを見て、これなのかなと思って。自分も踏み出さないと、
 何も始まらないんだって思ったんです。とにかく歌わないとダメだ!今、歌うのを辞めちゃダメだ! と思って」

 ●心強かったものが、上京1年くらいでパっとなくなってしまったんだね。
 「そうですね、本当に。放り出されて、見捨てられて(笑)」

 ●でも歌うことは諦めたくなかった?
 「そうですね。その思いだけで頑張ってこれたのかもな、って思いますね」

 ●その事件がなかったら、ここまで逞しい川嶋あいは生れてなかったかもね。
 「そうですね、放り出されてからの1年間で、曲もすごくたまりましたしね」

 ●作詞や作曲はいつくらいから?
 「中2の頃からですね」

 ●さっき 路上で歌うようになってから、歌に対する気持ちがずいぶん変わったって言ってたけど、
  最初に書き始めた歌詞と今の歌詞とでは違いを感じる?
 「はい、やっぱり違います。
 昔は、自分の書きたいものだけを書いてたんですけど、路上を始めてからは、応援してくださる方たちが増えてることもあり、
 それが歌う事の素晴らしさに直接つながっていくようになって・・・
 そんな”この人達に何かお返しをしたい”という気持ちが、自然と歌詞にも現れるようになったんです。
 なので、最近では、常に聴いてくれてる側の人達のことを考えて歌詞を作るようになりました。
 感謝の気持ちだったり、前向きに諦めないでやれば、こんなにも自分に返ってくるんだって、そういう気持ちとかを書いてます。
 今、私は事務所ではなく、学生カンファレンスの人達と活動しているんですけど、その代表の人と出会ったのも路上ライヴがきっかけなんですよ。
 私が1人で路上で歌っているのを見て下さって、路上ライヴを手伝いたいって言ってきてくれたことがきっかけで、一緒に活動するようになったんです。
 カンファレンスというのは、学生の大きなサークルみたいなモノで、もともとビジネスサークルだったんですけど、代表の方が私と出会ってから、
 その中の数人と”私を応援しようサークル(川嶋あい事務局)”みたいなボランティアのサークルを立ち上げて下さって、どんどん人数が増えていって、
 今では、大きなライヴがあれば70人くらいが集まるような大きなモノになったんです。
 ”I WiSH”として歌うようになったのも、この路上がきっかけで、路上で歌っている私の姿を見たレコード会社の方がお話を下さって、
 『あいのり』の主題歌を歌わせて頂くことになったんです」


 ●本当に全てが路上からだったんだね?
 「そうなんですよ。珍しいと思いますね、本当に(笑)。大ピンチが逆にチャンスをつかむきっかけになったっていうか」

 ●そうですね。でも、本当に自分自身の手で手に入れた歌手の道なんだね。
  あいちゃんの場合。外見で判断してはいけないとは思いつつも、そんな根性があるとは想像がつかないというか・・・。
 「いや、自分が一番びっくりしてますよ。”私ってここまでやれちゃう人だったんだ!”って(笑)」

 ●それがきっかけで「手売りでCDを5,000枚売る」「路上ライヴを1,000回達成する」「渋谷公会堂で単独ライヴをする」って
  3つの目標を立てたの?
 「そうです。何か目標を持たないと、と思って。
 今のところ「手売りでCDを5,000枚売る」「渋谷公会堂で単独ライヴをする」という目標は達成出来たので、路上ライヴを頑張らないと!」


 ●1,000回までには、あとどれくらいなの?(取材は5月の末でした)
 「あと、150回くらいですね」

 ●すごいね! あと一息って感じだね。
 「そうですね、頑張らないと!」


 <片思い中の女の子の勇気を出すきっかけになれたらいいな>


 ●そんなあいちゃんですが、6月2日に3枚目のシングル「525ページ」がリリースされたわけですが。
 「はい。この曲はとにかく”525”という数字にこだわりました。実は「525ページ」って、英和辞書のことなんですよ」

 ●525ページにはどんな文字が載っているの?
 「そのページには”LOVE”の文字が載ってるんですよ。
 この曲は全力の片思いソングでもあるんで、その4文字がキーポイントでもあるんです。
 最初に歌詞を書いたときは、525ページっていうページ数は、自分の想像の中で生まれた架空の数字だったんですけど、
 でも、ファンの人が調べてくれたら、実際にあったんですよ! 
 525ページにLOVEの文字が載っている辞書が! ”三省堂EXCEED”なんで見てみて下さい(笑)!」


 ●すごい、偶然に?
 「そうなんですよ、偶然に!」

 ●そういうのってなんか嬉しいよね。ところでこの曲が作られたきっかけは?
 「きっかけは、ふと生まれてきたメロディに詞をのせて、それが形になったという感じではあったんですけど、
 サビのメロを作っていた段階で”赤く印をつけた”っていう歌詞が浮かんできて、そこからは一気に”これは片思いソングだな!”って思って
 作り上げていきましたね。
 自分的には”100年先までずっと一緒だよと海で言われた・・・”っていうフレーズがとても好きだったりするんですよ。
 まだまだ両思いにはなっていないから、主人公の女のコは、自分の想像の世界で、彼と一緒に海に行ってるのを思い浮かべてたりする部分
 なんですけど、相手を想う、まっすぐな気持ちは伝わってくれるんじゃないかなって思うんです」


 ●片思いソングってすごく切ないモノだったりするけど、この曲は切なさだけじゃなく、前向きさを感じる曲だよね。
 「そうなんですよ。”きっとまた明日元気になれる、君の笑顔に会いたい”って。すごい前向きに終わってるというか、
 そこが自分でも気に入ってるところだったりするんです。
 前回のシングル「12個の季節〜4度目の春〜」も片思いをテーマにした曲だったんですけど、あれは本当に切ない片思いソングだったんですよ。
 でも、今回は切ないけど元気で明るい片思いソングなので、両極端だったりしますね。
 相手のことを想ってる自分の気持ちを楽しんでるというか、両思いになるまでをとても幸せに感じているというかね。
 片思いって切ないけど、本当に素敵な時期だと思うので、今、片思いしてる人にはぜひ、聴いてほしいですね。
 この歌詞の中では、まだ両思いになるか、片思いのまま終わってしまうかっていう答えが出ていないんですけど、でも、両思いになれるかは、
 この主人公の女の子の踏み出す一歩にかかってると思うので、私はこの主人公の女の子にぜひ、勇気を出してもらいたいと
 思っていたりもするんです(笑)。
 なので、今片思いしてる女の子たちに聞いてもらって、勇気を出してもらえるきっかけになればいいな、と思ってます。
 曲調的には、今までバラードが多かった川嶋あいが、今までとはちょっと違うアップテンポにチャレンジしたということで、
 そこも聴きどころだと思いますので聴いてみて下さい」



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